がはははは。
ほんと、もうね、百人くらゐやつちやつたかも
きりちやんやるうー
さつきから後ろの席で餓
食べたのはお通しと輕い揚物だけだつたが、今の私にはそれで充分だつた。ちよつとは咲いた、變つたメニューへの好奇心も、背後の戲言で、いとも容易く消し飛んでしまつた。今は胃に重いものしか殘らない。
席を立つのと同じタイミングで、その男食らひとばつたりしてしまひ、輕く頭を下げて、私は橫をすり拔けた。
ごちそうさま
會計は二千圓にものぼらなかつた、まあ、お財布にはやさしかつたよ、心には毒を盛られた氣でゐるが。
ふらふらと夜の交差點を拔け、小さな公園に通り掛つた。何か輕く甘いものを引つ掛けたい氣分ではあつたが、どこに寄る氣も起きない。
夜の公園は靜かで、こんな都會でも、微かに蟲の聲がした。ブランコに腰を落すと、隅
あ、ちよつとちよつとー
私は聲のした方を向いた。見ると、通りから、人影が近附いてきた。思はず身構へる。さうして外燈の下に出てきたのは、なんとあの百人斬り女だつた。
あの、お……ねえさん
言葉の迂囘に私は恥を覺え、また女に憤りもした。睨みつけてしまつたであらうが、彼女は愛想が良かつた。
これ、落しませんでした?
さう言つて差出したのは、私の小錢入れだつた。ああ。咄
ありがたう。なくなつてるものはないみたい
そりや、すぐ拾つてきましたからね
女は隣のブランコに腰掛けた——ここからでも酒臭いつて分る、確か二十歲とか言つてたつけ、くう、酒を覺え始めてこれか。
ごめんなさいね、お友逹と飮んでたんでせう
ああ、いいの。わたし、ちやうど歸らうかなつて思つてたから——だつて、女と飮
でしよ、つて言はれても。
初對面の人間に性慾をひけらかす女を、不快には思ひつつ、一方でその思ひ切りの良さを羨ましく思ふ。初對面どころか、公衆の場でセックスの功績をひけらかすやうな女。
あたし、お禮
いいよ
そのいいよ、は飮むといふ事なのか、斷つてゐるのか。よく見れば、この女、手ぶらではないか。醉つ拂つて置いてきた? すぐ拾つてきたといふのは、そのままの意味かもしれない。
あなた丸腰みたいね、大丈夫? 家は近いの?
ああ……ああ
女は兩腕を持上げて、やうやく自分が手ぶらな事に氣附いた。……どうしよ
ぢやあ、それでお禮をさせて
私は財布から……、四千圓出した。これで足りるかしら?
女は皺
それともお店に戾りませうか。今ならお友逹、ゐるんぢやないかしら? ……聞いてる?
女は私の顏を見た。照れ臭く、私はその視線を避
大丈夫か? 驛に著いた頃には、忘れてゐさうだ。そもそも、驛に辿り著けるか。人通りがあるとはいへ、手足を露出した、醉つた女がふらふらと——寧ろ人通りがあるだけに、餘計心配ではあるが、かといつて彼女を介抱してはいけまい。私だつて、さつさと歸りたいのだ。
四千圓かあ……もうちよつとあれば、ホテル、行けるね
さう、あるいはそれがいいかもね、と思つた。
おねえさん暇なんでせう? わたしと一緖に、ラブホで女子トークしない?
……確かにラブホで女子會、といふのは聞いた事はあるが、それを今ここでするのか? 私とあなたで?
でもどきどきはする、私と性の出會ひなんて專らネットに賴つたもの、オフの偶然で逢つた事は無い、逢ふ氣もさらさら無い。でも、行つて、どうするんだらう?
ブランコの鎖を持つ指
でもどうだらうか、今私のしようとしてゐる事、彼女の提供しようとしてゐる事。それは。使ひ捨てできますよ。それはいかにも淸潔に、便利に繕つてゐる、代償も無く、廢棄する時の事など夢のやうな。
私みたいな女でいいんだらうか、
おねえさんからは、わたしと同じ臭ひがする
答への決つてゐる事、彼女は知つてゐる、また私も。
步いて、明るい場所で髮を搔き上げた女は、思つた已上にきれいだつた。別の角度から見た彼女は、OLといふ感じもする、凛とした雰圍氣があつた。でもあの飮會の感じからすると、まだ學生だらう。
部屋に通されると、緊張が高まつてきた。さうだ、彼女は醉つてゐるが、私は素面
長ソファに廣いベッド、大熊猫
ソファもあるのに、彼女はベッドの足元にぺたんと坐つて、シャツを脫いだ。ラズベリー色のブラジャーが露になる。すごく率直、すごく大膽
でも觸れるまでは半身半疑だつた、彼女に對する好奇心も、性慾も——私に對する、好奇心と性慾も。
……
私から彼女の頰に觸れた。冷たい。化粧した他人の肌に觸れるなんて、初めてだ。なにをどうしていいかなんて分らない、ぼんやりとした官能の感覺を、なぞつてゐるだけ。私も彼女も男との經驗はたくさんあるけれど、私は男の眞似をしたくはなかつた。たくさんのセックスの方法があつて、私がもし男だつたなら、眞つ先に女に飛込むだらうなと、そんな想像をした事もあつたけれど、實際には私は私の感覺で、彼女を前にし、彼女に觸れてゐた。男だつたらなんて、夢だつた。
彼女は眼を瞑つてゐた、醉ひが醒め掛つてゐるのかもしれない。もし彼女が素面だつたなら、彼女は私を、女を、誘つただらうか? 快感に貪慾なら、好奇心が旺盛なら誘つただらうが、それでも相手は遊び慣れたレズだらうな、と思つた。自分が初心者なら、相手は手馴れた經驗者が良い——でも現實にここにゐるのは、男好きの女が、二人だけ。
彼女が眼を瞑つてゐるのをいい事に、剝ぎ取つたブラジャーのタグを見ると、サイズはD65だつた。D65! Dカップは平均的なカップサイズだとどこかで聞いた事はあるが、それでもアンダーが65なのは恐れ入る。私は中學でブラをつけて已來、70已下だつた試しが無い。65サイズのDカップは、ちやうど私の手に餘るかどうか、だつた。
あん。くすぐつたい
女が弱音を吐いた。何となくじれつたいのは私も同じで、なぜか、初めてセックスした時の事を思ひ出した。でもあの時でさへ私は性急で、早く、急激な刺戟が欲しくてたまらなかつた。私はただ夢に見た體位を取り、相手に何の餘地も與へなかつた。私は擬似的なセックスに夢中になつてゐた、それだけ。
そして私は、生れて初めて、自分已外の——母親已外の、……
……!
聲を上げたのはどちらだつたか知れない。私の方かも知れない。めくるめく刺戟に、どうにもならなかつた。この背德とも取れる感觸に……、私が抗へるといふのだらうか? 泣きたかつた。
童貞が感じたであらう感動と歡喜は、一瞬だつた。
私には、できない。無理よ
冷たい水が飮みたかつた。あいにくと冷藏庫には無く、洗面所の水と紙コップを使つて飮んだ。
さう冷たくもない、藥を薄めたやうな味の水をがぶがぶと飮み、そして口をゆすいでから、最後にまた一口飮んだ。それからトイレに行つて、用を足した。さう、私たち、シャワーにも行つてないんだわ。だが既に重い體に、それを實行する意欲は無かつた。
トイレを出ると、彼女はベッドに上がつてゐた。短いスカートが捲
きて
でも……
いいから
私に、これ已上ができるといふのだらうか? 彼女は毒を含んだ炭酸みたいだつた。まるで……
私はベッドに上がつた。私も脫いだ方がいいだらうか、迷ふが、そんな餘裕は無い。
彼女のさらさらした髮に觸れると、とても甘い香りがした。眠くなる……。
私はいきなり、核心に到つた。他に、良い場所を知らない。私には、彼女の素晴しい體
深入りする程に、彼女と私との差が開いていく。なぜ彼女はこれ程愉快なんだらう? 私との行爲のどこに、そんな源泉があつたんだらう? ……同時に、今自分のしてゐる事が信じられない、俯瞰した人格がどこかにあつた。なぜ私は、かうも平氣にこんな事ができるのだらう?
女はそのままばたんと仰向けに倒れ、私を誘つた。女そのものが、私の眼の前にあつた。女としか言
……やつぱり私には無理よ
私は言つた。
ぢや、わたしがやる
女が起上つた。體にきんきらの寶石がちりばめられてゐたら、まるで異國の女王か何かに見えたかもしれない。
どうしたのよ。脫ぎなさいよ
きつめに咎
……、
たつたそれといふだけなのに、これ程緊張するか分らない。今更氣弱になつてどうする?
彼女の眼は据
觸るわよ
彼女は遠慮が無かつた——あつさり成遂げた。それ程の衝擊も無く、また衝擊を受ける餘裕すら與へられなかつた。確かに、私は、女に觸れ、女に——でもそれが、こんなものであつていいのか?
あたし……、だめみたい
女では、つてこと?
私はぎゆつと眼を瞑つて、頷いた。彼女にまさぐられるのは、好きではなかつた。それどころか、不快だつた。たぶん、自分でする時と同じやうにしてゐるのだらう、でも——男と同じやうには感じない——本當に異形が自分の中で蠢いてゐるやうで、こはかつた。いくらか氣持良い事だと念じようとした。でも駄目だつた。
だめ、やめて
氣持よくないの?
こはいの。氣持惡いの
でも——
お願ひ
女は引いてくれた。
あなたが氣持惡いつてことぢやなくて……、あたし女ぢや感じないみたい……、
居心地の惡さが自分の中に擴がり、私は自然と膝を抱へ、肉體を隱し、自分を女から守つてゐた。
なめさせてもくれないの?
無理……、できない
なめてさへもゐないのに?
……、
はあーあ。期待外れだわ
期待外れだわ。途端に嫌惡、怒り、失望、墮落、後悔、羞恥、さういつたものが込上げてきた。私、なんでこんな女と來てしまつたのだらう!
そもそもが間違ひだつた……、自責と怨
私が動くより先に、彼女は浴室に入つていつてしまつた……、くそ。私はぼろぼろ、泣いた。こんなみじめな氣持になつたの、初めて。
いや、初めてぢやない、これまでだつて幾人か、みじめにさせられてきた事はあつた、でもそれが、今日は女で……、考へたくもない。早く部屋から出て行きたい。
私は急いで衣服を身に附けると、鞄を持ち、扉が開くかどうか確認した。……大丈夫だつた。テーブルのメニューにさつと眼を通し、料金とシステムを確認する。先に部屋を出る事、金は置いておく事、チェックアウト時間をメモ帖にしたため、財布から千圓札の束を出して、灰皿を重りにした。
フロントの時計は、零時半を指してゐた。居酒屋を出た時間も、ここに辿り著いた時間も、覺えてやしない。でも、そんなに長くはなかつた氣がした。たつた數時間の初體驗。
シャワーから出たら相手がゐなくなつてゐました、とは氣
家に歸ると、パソコンを點け、幸せなレズ小說を讀んで、寢た。
はあ……、
どうしたん?
いや……、やつぱり、いいや
なんや氣になる
サイテーな誰かにあたつただけよ
もしあの體驗がハッピーなものであつたなら、つひに女とやつちやつたあーなんて背伸びしながら言ふのだが、實際には痛手を負つただけだ。
しよーもない奴はどこにでもをるからな
あなたとか
どして?
返事してくれないから
そらしよーもないやろ。こつちだつてずつと暇と違ふんやから
やつぱりしよーもないんぢやん
そんなしよーもない會話も、やつぱり男相手でなければ成
そしてこの痛手を開
實はこの間さあ……
ずつと見