キリのピンキリ後書

創作とやなせたかし

  1. 娛樂性から言つても出來から言つても、ボツにするべき案件ではあつた。特にヤマもなく、オチもない。
    1. しかし推敲を始めると意外とディティールがあり、こんなの書いてゐたつけなあ、と。やはり書いてみないと分らない。
      1. ディティールつて長い事分らなかつたけれど、要するに、自分の知つてゐる事、それは具體的な體驗だつたり、カーテンから射す陽の當り具合だつたりする。詳細。リアリティ。
        1. それが何となく分つてからは、現實が舞臺でも異世界が舞臺でも、何らかのディティールを盛込まうと心掛けてゐる。
        2. 書くことについてだと描寫の項が詳しい。魂の文章術だと確か目次にもあつたはず。單純な感覺からいふと、だれでも詩人になれる本 (あなたも詩人)を讀んだ方が早いかもしれない。
  2. ミキさんが女を試してみたけど駄目だつたよ、といふ話。
  3. できるだけ橫文字と平假名は遣ひたくないと言つてゐたのに、今囘は素で書いてゐる感じに寄せてゐる。語彙の統一も甘め。
  4. 結構削れて、滿足。
  5. 私は本當にあらすぢを書くのが下手だと思ふ。上手く纏められない。
  6. ストックがあり、ただ推敲すれば良いだけなのに、なぜかそれが實行できない。乘氣でない。作品が好きでないせゐか。單なる怠けのためか。
  7. やなせたかしの言葉を讀んで、もう氣に入つたの已外は破棄してしまはうかと思つたよ。でもせつかく書いたし……といつた事くらゐしか言ひ譯も浮ばないが、性描寫强めのものも含め、公開していかうと思ふ。
  8. ポルノについて思ふところは昔からあつた、私が書いてゐるものはポルノではないと思つてゐるが、性慾・性癖、自分の樂しみのために書いてゐる部分がある事も確かだ。しかしセックス描寫のみの小說といふのは書けないし、書いても面白くも無いものばかり。何らかの痛みや樂しみ、ストーリーがあつた方が面白い。樂しめる。
  9. やなせたかし 明日をひらく言葉 (PHP文庫)より:
    1. いろんな仕事をしてきたが、どの仕事でも、仕事の中に精神的な毒を入れることは、決してしなかった。

      教訓的なことはあまり好きではない。話はできるだけおもしろいほうがいい。

      だが、いくらおもしろくするためでも、「毒」は入れない。本や音楽は精神の栄養であり、体を流れる血になると思うからだ。

      特に、子どもが見る絵本はそれが絶対条件だと言ってよいと思う。

      収入の少ないときも、この考え方は曲げなかった。そして、いつも自分の好きなこと、自分が描きたいものだけを描いてきた。

    2. 創作のプロフェッショナルが大切にすべきなのは、世の中に害毒を流さないことだと、ずっと思っている。

      工場から無責任に有害な廃液を流せば公害になる。創作の仕事でも、精神の害になることを流せば、同じことになる。

      今は、バイオレンスやポルノなどが多すぎる。

      人の心の奥底には悪を喜ぶ気持ちも潜んでいるから、作者はつい暴力的なものや色っぽいものに頼りたくなるのだろう。

      だが、プロフェッショナルなら、そうした手法を使わずに、読者におもしろがってもらえるものをつくらなければいけない。

  10. やなせたかしはだれでも詩人になれる本 (あなたも詩人)でも言つてゐた、下手でも易しくてもいいから、心に響く何かがほしい、と。それがディティールであり個性でもある。良い詩を見ると、それが分り、自分でも書いてみたくなるものだ(自然と書き方が分る)。詩とファンタジーは本當に良い詩畫集。やなせたかしの功績はアンパンマンニャンダーかめんしか知らず、詩も畫もろくすつぽ觀てゐなかつたのだが、この雜誌でお眼に掛れて良かつた。上述の書を讀んで知つたがかなり多才な能力と實績を持つ人であり、こんな人でさへ日の目を見ない事があるのだと知つた。
    1. 下手でも簡單でもいい(そしてひらがな)、といふ安心は、くらげゆうとさんの言葉に勵まされたところもある。野に咲く無名の人が自分の言葉を信じられてゐるといふのは、とても興味を惹かれる。人が言葉をどう思つてゐるか、といふのは面白いから、もつと書き手はエッセイ的なものを書いてもいいと思ふ。ああ。
      1. 何故あなたは詩を書くのか?より:

        頭がいいわけではないので、上手に書くとか、難しい言葉を使うとか、そういうことは一切できないので、そのまんま書いています。

        そのまんまでいいと、ぼくは思っています。

        ありのままの自分でいるための術です。

  11. やなせたかしの凄いのは彼にとつての芯、正義を堂々と揭げてゐる事であり、僕の考へる正義はかうですと、はつきり言へる事である。しかもその內容が作品に直結してゐるといふか、作品そのものになつてゐる! 飢ゑを滿たす→食べ物を差出すヒーローつて、單純だけど、誰も思ひ附かない、、、シュールだけれど、作者の正義そのまま顯れてゐる、すごい作品だ。アンパンマンつて。本質的な意味での代表作。素晴しい。
  12. 私には讀ませたい對象はこれと言つてゐないが、誰しもが心當りがあるものは書いていきたいとは思つてゐる。逆に言ふと、をはつきりと知つてゐる人は對象にしてゐないかもしれない、私は。痛みの知らない人。

動機

  1. 小說を書いたり公開したりする動機といふのもぶれぶれであるからして、この場にて書留めておかうと思ふ。
  2. 自分の癒しのため、自分の樂しみのため。ただそれゆゑに。

引延ばし

  1. 推敲を澁つてゐる間は、バナーによるせいてきひようげん)を描いたり、リンク集を作つたりしてゐた。リンク集も昔からやつてみたかつた事の一つ。ここで念願の夢が叶ひ、充實した氣分でゐる。

宣傳

  1. 同じくやなせたかしの言葉からして、宣傳も堂々としていかうと思つた。生きて死ぬだけだから、今のうち、と。
  2. しかし場所にも困るな。いくらセックス描寫がある、エロが好きといつて、それ全開のところには行けない。私はポルノコンテンツが苦手である。
  3. 性コンテンツを書いてゐるのに性コンテンツが苦手なのか、と。別にをかしくはないと思ふ。地雷が多いだけだ。誰も他人の快適ゾーンなんて、分るわけもない。
    1. 宣傳系サイト所感
    2. そもそも宣傳できるコンテンツが無い。充實させるべし
    3. 私自身が小說を必要としてゐない。詩もさうだが。たまに見る分。しかしそれはポルノ視點で求めてゐる。私が必要としてゐないものを、人に押附けるのはどうなんだらうなあといふ氣持もある。無論好きな人の役に立てればそれはいいが。所詮私は小說家を自覺したい執著者に過ぎない。小說が好きだとしたら、それは自分で書いてゐる時だけだよ。

制限

  1. レーティングや規制に關しても惱んでゐたが、私は年齡で差別はしたくない。恐らく宣傳する時は成人對象と書くだらうが、それは18禁R18が性コンテンツの代名詞になつてゐるからである(用語で誤魔化すな、何を取扱つてゐるか、はつきりと示せといふ氣持もある)。私が多少不恰好になつても性描寫と警吿を附けるのは、ただ單にそれが苦手な人のためだ。
  2. 書き手は何の權限があつて禁止を敷くのか、といふ疑問もある。
    1. 一方で人を害さない責任もある。
  3. 創作者が望むのは上述の通りに、毒を流さない事であるが、何が毒になり藥になるか、といふのは、結局誰にも分らない事ではないか。
  4. ――それでも、それを垣間見た時の苦痛不愉快は分つてゐるつもりなので、できる範圍で囘避できる手段は敷いていかうと思ふ。ここに何があるかを示す事は、助けになる事はあつても害になる事は無い、又誰の權利も制限したり剝奪したりする事は無い。閲覽者は自分の責任で行動を選擇する。
  5. ネットでの年齡制限(認證)が實質的に效力を持たない、といふのも馬鹿馬鹿しく感じてしまふ一助なのかもしれない。ただオーケーのボタンを押すだけだし。
  6. トップページ目次に注意喚起を設けてゐても、コンテンツそのもののページには何も記してゐない創作者は多い。直接閲覽される可能性はいくらでもある(檢索エンジン、言及リンク等)といふ事は心得ておくべし。技術的に(閲覽者を)はじく措置をするくらゐなら、本文に記載しておいた方が確實だし樂だと思ふがね。
  7. 2018年10月3日:ラノベの表紙エロすぎ問題について|汐街コナ|note
    • ゾーニングの必要性について語る。有害性(何が懸念されるか)についても。
    • 特にどきりとした部分。已下で內部檢索(Ctrl + F)する。
      1. 間違った性知識をつけてしまったり、人権感覚が歪む可能性がある
      2. 重要なのは「大人が隠している」こと
      3. 子供達の将来に地味に影響する
  8. 2018年10月24日:要注意コンテンツ自肅改變案
    1. 要注意コンテンツを閲覽制限不可能なウェブで公開する事は妥當か。コンテンツの提供について思案。

世界は靜かである

  1. 思つたのは、世界は意外と寛容(あるいは無關心/無干涉)でゐてくれようとしてゐる、といふ事。
  2. 誰も表現を奪はうとはしてゐない。
  3. ただになる事の痛みや恐れ、責任があり、その摩擦をほどかうとしてゐるだけ。

今後と改名

  1. 今のストックを出しきつたら、又別のもの、今度は性描寫少な目のものを書くかもしれない。書くか、書けるかは私自身にも分らないが。
  2. サイト名やキャッチコピーも變るかもしれない。今のところの候補は戀愛に非ず。そのまんま。私は戀愛を書いてゐるつもりは無いし、書くつもりも無い。
    1. これは戀愛でないといつた反應も含め愛であり情である。思ひ附いたのが愛を紡ぐだつた。もうこれでいいんでないか。
      1. 戀愛に非ずと正反對なのが面白い。受容。
    2. 頑なにこれは戀愛ぢやない!つて言ふのも一種の執著であり囚はれであるからして。むきになるのは恰好惡いね。
    3. あ、サイト名變へてしまふと、URLが……。まあ、いいか。變へない事が重要
  3. 私の書いてゐるものは何だらう、つて、私にも分らない。私の痛みと樂しみ(性癖)が充分に切出されたものである事は確か。
  4. 心の平穩を願ふ私も現實の私であり、性に跨る私も現實の私である。何を開き何を瞑るか。

活躍の場

  1. 小說は重いし難しいから、詩ベースで生きてもいいやうな氣はした。
  2. まあ、とかく自分の中の表現が小說しかないといつた思ひ込みはしないやうにはする。

2018年12月22日:第2版について

  1. 行爲中の情緖がメインテーマみたいなところがあり、やはりセックスシーンは削除しなかつた。
  2. 故意に生々しい部分を殘した――原文の生々しさ、嫌惡感が減じてしまつたのが殘念だけれども、これが私の限界であり、配慮であり、表現したかつた事だ。
  3. ミキさんシリーズの改訂で一番難しかつたのはこの作品だらう。本當に“セックス”(行爲)そのものがテーマだつたから。
  4. 萬人に配慮しながらも性は語るべき事と信ずる――たつたそれしか言へない。(萬人の場で公開する事が)エゴであるのは承知の上。
  5. サラの需要ジュンの順應に較べると、文は自然に運んでゐると感じる。それだけに、語るのが女同士のセックスの過程(しかも嫌惡に終る)でいいのかな、と思つてしまふ。快いものだけが小說ではないけれど。本當にセックスして終りだから。

キリのピンキリ補足・改訂履歷

  1. 2018年9月29日:公開
  2. 2018年10月22日:公開終了
  3. 2018年12月22日:第2版公開