あれ
暫く聯絡がなかつた友人の——名前の下の、薄い番號が、見知らぬ番號になつてゐた。——電話番號、變つた? やつぱ引つ越したのかな? 彼は、環境の變化があつた、とこぼしてゐた。そのために逢ふのは難しいと。——彼とは、一年と四箇月逢つてゐない。さう、最後に逢つたのは昨年の八月
ああ、あのなあ、イト——と——今、仕事やめてきたところだ。それからなあ——性別が變つて、男から女になつた
——は?
男から女になつた——仕事をやめた——てつきり引つ越しのメッセージかと思つてゐたのに——私は信じられなかつた。彼が!? 私の好きな彼が!?
——急速に氣持が冷めていく氣がした。いや、私の中の彼は、彼だし! いきなり彼女と言はれても——どう扱つていいか分らなかつた。そして、彼の中にそんな葛藤があるとは、思ひもしなかつた。いつから? 何で? そんな素振りなかつたぢやない? ——といふか、男を謳歌してゐたぢやない!? あんたの立派なペニスは、女好きはどうなつたの? またセックスできないの? シラユキさん……
私は彼と寢そべつてゐた。——何も變る事
——それで、シラユキさんは、好きな性別は、どうなの? 見た目的な男が好きなの? 女が好きなの? 嗜好に變化はあつたの? ……
……
つていふか、戶籍は變へたの?
いや
彼ならば——突つ込んで聞いても構はないだらうと、私は浴びせかける。
世間の人にはトランスジェンダーつて言はれるんだね
さう、トランスジェンダー。まさかこんな身近
トイレは? 風呂は? ……どつち入るの? ……あのね、ヒイロネットつていふサイトにはね、トランスジェンダーのインタビューとかたくさん載つてるんだけど、面白いよ
戶籍も、トイレも、風呂も、そのインタビューから得られた視點だつた。今日から女になります、といふのは、さう簡單なものぢやない——私たちはかなり日常的な部分で、性別を問はれてゐる。彼が本質的に女として生きるなら——どうなつていくのだ? そもそも女つて何なのだ? 彼は何をどう女と感じてゐるのだ? その、男と女の境目
——もう、わけが分らなくなつてきた。當人でもないのに、こんな事で惱みたくない。
ねえ
私は當の、大問題を言つた。
私は……シラユキさんの事、好きでいいのかな?
……まだ好きで、ゐてくれるんか?
だつて、私の中では……駄目かな?
いいんよ、どうでもいいんよ……
彼は腕を廻し、私を抱いた。
彼の見えぬ闇の中で、私は泣いた。
私は彼の特質を利用して好きなのだけれど、それでいいのかな。彼はどう扱はれたいのかな——彼が私といふ女を叩き出すまで、彼は、私の中の一番の男。