山羊座みたいな男

山羊座みたいな男が食ひたいと思つた、とどのつまり、仕事一邊倒で、女に興味なささうな男を。

さういふ男を見附けるにはどうすればいいか。とりあへず私は、出會ひ系サイトにログインした。こんなものをいぢるより――その山羊座男のイメージとしては、上品で讀書ができさうなバーとか、そんなのにゐさうだつたけれど、あいにくと私は酒には緣がないし、通ひ詰める金さへ持つてゐなかつたので、いつも通り出會ひ系に賴ることにした。家から出ることもなく、金も掛けずに男が漁れるんだから、良い世の中になつたものだ。……

會社員、未婚、三十代、週末デート。何人かにコンタクトを取つたが、大半はやる氣滿々な男ばかりで、イメージとは程遠い。この……下心丸出しの文。慾望に素直な男は好きだ、でも、今囘やるのは口說きゲームなわけで、かうも簡單に釣れてしまつては面白くもない。落著いた文面の男もゐたが、附合ひに愼重な男は大抵誠實戀人募集で、はなから私のはんちうにない。さうして條件から好みまで、殆どがリストから零れ落ちていき、三箇月で逢へたのは三人だつた。うち一人は逢つた直後から體を求めてきたので、交通費を握らせて、さつさと歸らせた――何が大人の附合ひだ。

四箇月目に入ると――やつと來た、ぴつたりな男が。太陽星座が山羊座で、火星星座も山羊座の男だつた。私が出社するときと同じ恰好――ぴしつとした白シャツに、炭色チャコールのジャケットとタイトスカート、ベージュのストッキング、黑いパンプスに黑いハンドバッグ――でいくと、相手もまたぴしつとしたスーツを著込んでやつて來た。イメージ通りだ――寫眞の方がまだイケメンといふ感じはしたが、それでも詐欺だなんだとケチをつけるレベルではない。

こんばんは

ネットで出會つてゐるのにはじめましてと言ふのもをかしい氣がして、私はいつも適當な挨拶から始めてゐる。

初めまして。たかさかです

あきしたです

私は忘れてしまつたと詫びて、彼から名刺を受取つた。

彼の下の名前はあきといつた、私の名前に少なからず掛つてをり、これにも緣を覺えた。

行きませうか

ええ

二人同時に、步き出す。パンプスのコツコツといふ音と、革靴のタッタといふ音が、步調に合せて響く。糞眞面目に著込んだ私たちは、仕事歸りの會社員そのものだつた。

私たちは高層ホテルの一階にあるレストランに入つた。事前の打合せでは、どこどこのレストランにしようと思つてゐるがいいか、といふ提案があつて、私が構ひませんと返事しただけだつた。ちやんとどういふ所か調べておけば良かつた――かう品のあるレストランで食事したのも數へるほどしかない。

ブー。席に著くなり、高坂のスマホが震へた。

すまない

彼は素早く席を外し、ロビーで話し始めた。その間に前菜が運ばれてきた。オレンジがかつたスープに、刻んだ葉野菜が浮いてゐる。なんだらう? ミネストローネ? ウェイターが名前を言つてゐた氣がするが、よく聞取れなかつた。默つてスープの味をあれこれ想像してゐると、彼が戾つてきた。

お仕事ですか? 大變ですね

いや……待たせてしまつて申し譯無い

構ひませんよ

視線を交はすのもそこそこに、彼がスプーンを取つたので、私もスプーンを取つた。

その……前にも言つたんですけど、私、マナーが……

氣にしなくていいよ。私も商談でなければ、こんな店は利用しないから

これは商談ではないけれど……、彼が小さく添へた。

ええ。デートするにも最高のロケーションだと思ひます

さうかね

靜かに前菜を平らげると、それに合せたやうに、メインディッシュがやつてきた。

ステーキだつた。掌ほどの肉がきれいに切分けられ、燒き加減はちよつと生つぽい感じ……、何と言つたつけ……、脇に野菜とディップが添へられてゐた。私たちは揃つて白いエプロンをつけて……笑つてしまひさうになり、こらへる。別にをかしくもないが――眞面目すぎると、いや、普段してもゐないことをするつて、こんなにをかしいんだ。

彼がフォークで肉を突刺すのを見てから、私もそれに倣ふ――まるで毒見をさせてゐるやうだ。

秋ノ下さんは……出版社の總務なんですよね

彼には派遣社員だと言つてゐない。出版社といつても小さい會社だし、業務も、總務と呼べるものでは――

未世でいいですよ。それに、仕事の話はよしませうよ。私たち、遊びにきてるんだから。ね?

彼の募集要項プロフィールには、趣味友逹遊び相手セックスフレンドにチェックが入つてゐて――そんな話、興味はないはずだ。變な女にを預けたくないといふのも分るし、話の合ふ相手とセックスするのは樂しい、それも分る。でも仕事の話はだめ……

大學時代は、フットボール、でしたよね。今はなにかやつてらつしやるんですか?

いえ……、ジムに通つてる已外には、なにも

へー、ジム通つてるんだ。ふふ、男の人つて、體鍛へたがりますよね。健康的でいいですけれど

未世さんは……なにか?

あたしはなにも――食つて、寢るだけです!

ちよつとまづかつたかな、と思つたが、もう、どうでもよい。等身大の男に觸れるにつれ、理想とのくわいがどうでもよくなつてきた。とりあへず今日はセックスしてくれるのだから、それでよい。よいのか? もう一度男を、晃代を見る。靑つぽい口元がどことなくセクシーで、よかつた。しかしこんな眞面目風な男が、私のやうな女と寢てくれるかどうか? 第一、今日初めて逢つたばかりなのだ――いや、いい、今夜はこれでよい。所詮私に、お高くとまつた演技など、できはしないのだ。媚を賣つても腹が立つだけ、棄てられたらそれまで、今までと同じ。等身大そのままで勝負する。

お肉、これで足りますか? 私だつたら、二枚、いや三枚いけさう

……、さう、ですか? 追加しますか?

いやだわ、冗談よ、冗談ぢやないけど

彼は私を見た。ここが食べ放題、ファミレスなんかだつたらそれもいいんですけどね。メロンソーダなんか賴んぢやつて

未世さん……、あなた、醉つてるんです?

さう見えます?
大體、お酒がまだ來てゐないぢやない

……さうだ。きみ

彼はウェイターを呼止め、ワインを持つてこさせた。

乾杯しませう

彼は言つた。

私たちの出會ひに?

出會ひに

ワインは苦かつた。がんばつてグラスを空にすると、途端に彼が注がうとしたので、手で制した。

お氣に召しませんでした?

私、アルコールだめなのよ。一應、プロフィールには飮めるつて書いてるけど、それも甘いのでないとだめ

すみません、配慮が足りなかつた

いいのよ。酒の好みは、書いてなかつた

私は自分のペースに醉つてゐる。

……自宅でこつそりしてゐることはあるの?

え?

趣味はないかつて聞いてるの、プロフィールに書いてないね

彼は考へる素振りをした。仕事が趣味だといふならそれでもいいが、この男は仕事中毒ワーカホリックといふ風でもなかつた。

私は自分から明かすことにした。

私、小說を書いてゐるの

……小說、ですか

一億總メディア時代、三十代會社員が小說を書いてゐたとしても、なんら不思議ではない。問題はどこまで關心があるか、といふことだ。

本當ですか。賞に應募でもしてゐるんですか

それどころか、出版してゐるの

電子書籍だけどね

ああ……。
私が見ても?

勿論よ。そのために公開してゐるんだもの

彼はスマホを取出した。

あきした

私は囁いた。

ディスプレイの光が彼の瞳に反射する。ストアの畫面を開き、筆名を入力すると、ずらつと關聯書籍が表示された。ちよつと行儀が惡かつたが、私は身を乘出して言つた。これよ指を突出し、タッチする。商品ページが、讀込まれる――

その表題と表紙に、彼の表情かほがぎこちなく動いた。

……

驚いた? かういふのは、嫌ひかしら

いいえ……いや……

讀む氣が起きない? ぢやあサイトにあげてる奴を讀めばいいわ。多少趣旨が違ふから。そしたらあなたも、ちよつとは見直してくれるかも

私はサイトのアドレスを傳へ、彼は後で檢討しますと言つて、スマホを閉ぢた。

素人でも稼げるジャンルつて、やつぱり十八禁なのよね

結局エロが、高く賣れる。

彼は顏をしかめたまま、赤いワインをあふつた。

僕がよく讀むのは……、純文學です

純文學

なにがをかしいんですか

何も。ただ、純文學つて、ジャンルが明確ぢやないぢやない。とどのつまり、複雜な人間關係が描かれてるつていふなら、あたしの小說だつて、それに入るかもしれない

それはない

どうして?

ポルノはあくまで、性描寫に主眼を置いたものです。純文學は、人間の……人生の苦痛や混沌に重きを置いたものです

心理描寫に重きを置いてるポルノだつて、あるわよ

ポルノはポルノです。性の……、捌け口だ

純文學だつてポルノだと思ふけどね

何らかのプロパカンダ、もしそれが何らかの情を煽り立てるものなら、全部ポルノだ。でもそんなこと語るのも面倒臭くて、紡がなかつた。行間の讀める讀書家なら、これ已上の言葉は要らない。

あなたはなにを書くの?

……僕は、なにも書きません

なにも? ほんとに?

……ほんとに

隱してるだけなんぢやないの?

……自慰なんて、誰にも見せないでせう? ……

でもそれが誰かの自慰の助けになるなら、いいんぢやないかしら

あなたは、さういふつもりで、書いてるんですか

樂しいから書いてるの。でも、消すのはもつたいないし、自分の書いたものがどう讀まれてるのか知るのは、面白いとは思ふわ。思はない?

思ひません

ふーん。……それがほんとだとは思はない。あなたは隱してる

まるで祕密の性癖みたいに。實際書くこと、表現することつて性癖だ、さうせざるを得ないのだ。祕匿することで生れる絆もある、でもそんなもの、少しだけで良い、この男は混同してゐる、性癖は自分自身でないのだ、あくまで自分から搾り出した――

作品はあなたそのものではないのよ

でも人々は、私を判斷するでせう

それはさ、何でもさうでせう

私はスマホを指差した。

ナプキンを取つて、口を拭ふ。行きませう

どこへ?

部屋に決つてるでしよ――取つてあるんでしよ?

……、あなたは、恥ぢらひがない

恥ぢらひ? セックスを遠慮するつてこと?

彼は聲を潛めながら、私たちは初めて逢つたんですよ

だから? あなた、セフレ希望なんでせう

すぐ……なわけではなくて……、勘辨して下さい、全く、だから厭だつたんだ……、僕はああいふサイトところ、慣れてゐないから、あなたみたいに輕い人とは……附合ふつもりないんです

ああそれ、私も思つてゐる、けれど、セックスするかどうかで判斷して欲しくないね。興味があるか、ないか、それだけなんだ。人間關係つて、そんなものぢやないの、興味があるだけましなんぢやないの。

エレベーターの鏡面に映つた私たちは、さながら不倫關係の同僚のやうだつた。何ならラヴホテルの方が良かつたか、と思つたが、彼が何も言はなかつたので、そのまま――さう、あなたみたいに輕い人、と罵りながらも、きちつと部屋まで取つてゐたのだから、ほんと、男つて。でも山羊座の男つてむつつりスケベださうだから、案外、そんなものかもしれない。――あ、さう、山羊座の男だつたな、と思ひ出す。

部屋に入ると、私はすぐシャワーを獎めた。スーツがしわになるから、とか何とか言つて。彼は二人きりになつても、の無い顏をしてゐた。本當にやる氣がないんだらうか? しかし、肝腎のものが役に立たなかつたとしても、私は彼に樂しませてもらふ氣でゐた。

ベッドでぼーつとしてゐたら、彼が出てきた。バスローブは羽織らずに、タオルで股間だけ隱してゐる。ジムで鍛へてゐると言つた通り、はつきりと浮び上つた胸板や腹筋があつた。

良い體してるわね

シャツのボタンを外しながら……逃げないでね

逃げませんよ。ここまで來たら……


私が浴室からあがると、彼はベッドに橫たはり、本を讀んでゐた。

純文學?

……

サイドテーブルにはスマホが伏せられてゐる。

私は輕く髮を乾かして、彼に倣つてタオルを體に卷附け、ベッドに滑り込んだ。

……あなたが小說に書いてゐることつて、全部本當にあつたことなんですか

野暮なこと聞かないでよ

私は彼の唇にキスをした。薄くて柔らかくて、女の子の唇みたいだつた。

首筋に顏を埋めながら、私は氣になる部分について、笑つた。


――まだ一時だつた。二人して餘韻に浸つてゐた――といつても、私は滿足してゐなかつたが。すべきこともしてゐなかつた。しかしながらよく仕へてくれたと思ふ――望んでもゐないセックスにしては。

どこまで書くんですか。……僕のこと

枕の位置を直してゐると、彼が言つた。

にんじんみたいつてこと? いやね、今夜のことなんて、平凡すぎて書けないわ

平凡? ……

でもどんなに書き古された夜も、世の男性諸君は、知りたがるの。ああ、私、どれだけ似たやうな夜を書いたかしら

書かないで下さい、僕のこと、

何もありのまま書かうつていふんぢやないのよ? 脚色するわ。でも、私と寢た男つていふのは、自意識過剩にも、自分と寢た夜のことだと思つてるの。笑へるでせう? ……

實際に私はけらけらと笑つた。をかしかつた。ほんとに。皆が怯えてゐる、私に書かれること、自分があばかれてしまふこと、公となつてしまふことに。

約束はできないわ、だつて、あなたも書いてるなら分るだらうけど、私が見聞きしたこと、全部私のエッセンスになるんだもの。一々その元があなたかどうかなんて、知れないわ

……

彼は起上り、呆然としてゐた。その通りだと思つてゐるのかもしれないし、どう釘を刺せるか考へてゐるのかもしれない。しかし藝者ひとの口に戶は建てられない、これも本當に。

私は彼の濕つた背中を撫でながら、言つた。

ぢやあ、あなたが私を書いたら

え?

あなたが書いたら。今夜のこと

そんな……、無理ですよ、といふか、書きたくありません

どうして? 恥づかしいから?

書くことに意味が無いからです

執筆の練習だと思つてやりなさいよ、騙されたと思つて。あなた、日記をつけたことがないの?

練習ならもつと良いことを書きますよ

……純文學つてのは、人生の苦惱と、混沌を書くんぢやなかつたつけ?

私は笑つた。彼はうつむいた。私の書いてきたものは私の傷も孕んでゐる、確かに書くのは氣分が惡かつたが、それも作品として一應の完結を見ると、寧ろ晴れやかな、一番の誇りになつた。私が最初に書籍化した――秋下美代の處女作は、初めての戀愛關係について書いたものだつた。さうだ。今となつては靑臭く感じる部分もあるが、私の代表作には變らず、曝け出すことの原點は、いつでもそこにあるのだ。

題材にするには、あまりにも下劣でつまらなすぎる

ええ、出會ひ系で出會つた男女が、會話もそこそこに、セックスするだけだもの。もし物語が發展するとしたら、その先だものね。まあ、ポルノとしちや充分なシナリオだけど。
でも、それを面白くするのが、作家の腕の見せ所しごとなんぢやないの

彼はふはりと、ベッドに倒れた。私に背を向け、膝を抱へてゐる。

ねえ、あなたはどんなもの書いてるの。見せてよ

もうやめませうよ、書き物の話なんて……

あなたが振つたのに

僕は、このありのままの夜を、書かないで下さい、とお願ひしたんです

はいはい。なるべくさうするわ、なるべくね

どうせあんたのことなんて誰も氣にしやしない、私が大物になつたとしても、いつときの笑ひぐさ。私の物語を通り過ぎていつた男たち、今頃何をしてるだらう、思考にぼんやりかすめる。きつとかはいい女を腕に抱いてゐるだらう、この時間なら。何度も經驗した夜が私のものになつて、私は作品が增える度に滿たされて、その一つ一つに、どんな夜がこめられてゐるか、思ひ出すことができる――いや、細かい部分の描寫ことなんて、忘れちやつてるけど。私のエッセンスといふのは、現實――記憶の再現ではなく、ぼんやりと腦に見える虛構を再現するための、道具箱だ。男たちは生きてすらゐない、私が作家だと知つた途端に裸足で逃げてく男たち、臆病者。たまに俺のことを書いてくれなんて男もゐるが、さういふのに限つて平凡な、滅茶苦茶なセックスをしていく、書けといふならお前が書いてみろ、自分自身を。自分の中に眠る雄を。自分のすがたを實直に表現できてこそ眞にすぐれた雄、つまりは英雄だ――そして英雄は、何も男でなくてもいい。

おやすみよ。晃代さん

さういへば初めて名を口にした、この人はいくらか呼んでくれたのに。もちつと呼べば良かつたな、と思ふ。もしこれから緣があるなら、積極的に呼んでやらう。私はついあんたとかあなたとか呼んでしまふ、長く續いた附合ひが無いからか。


僕が書いてゐるのは、ファンタジーなんです

ああ讀んでゐるものが、書いてゐるものとは限らない――

御姬樣の婿探しがメインテーマなんですけど……、をかしいでせうか?

なんで? 面白さうぢやない?

同ジャンルだと書いてゐるのは女性ばつかりで……

ばつかねえ。そんなこと、氣にしてゐるの

いや……

いいぢやない、その婿候補、男のあんたから見たらどうなのか、是非讀ませてよ

でも主人公は女性なんですよ。僕の視點なんて……

そんなことどうでもいいぢやない、要は話が面白いか、あなたが書いてゐて面白いかなのよ、晃代さん

……さうですね、さうかもしれません……

……さうねえ、いいこと考へた、あなた、私と一緖に書きませうよ、同じテーマで。で、見せつこするの。きつと面白いわ

ええッ

期限は……、さうねえ、一箇月にしましよ。短篇か長篇か知らないけど、ちよろつと見せてくれるだけでいいわ。私は讀切りが得意だから、あなたにはちやんとした作品を讀ませられると、約束するわ

でも大變ぢやないんですか、あなたには新刋があるし、

いやね、常にネタがあるわけでもないのよ、私は今書きたいものを書くの。それとも、あの夜のこと、書かせてくれるのかしら

……

とにかく約束よ、書きなさい、いま、すぐ

それで話は終つた。

彼はサイトの小說を讀んでくれたやうだ、電子書籍も、一册だけ。感想をサイトのメールフォームからくれた。豫想通り、思ひのほか酷いものではなかつた、心理描寫が緻密で參考になつた、といふことが書かれてゐた。やはり讀者から感想をもらへると嬉しいが、とくに書き物をしてゐる人間――それも知つてゐる人間から感想がくると、悅びもひとしほだつた。その實、私が讀んで欲しかつたのは、私の糧になつてくれた男たちかもしれなかつた。素材になつた男に讀ませたいなんてをかしいだらうか、それも時折こつぴどく描寫してゐる相手に。まあ、私は氣にしない、あれは彼らであつて、彼らでないから。だからこそ彼らは感想をくれるのだし、私はまだ彼らを愛せるのだらう。さう、愛してゐる。ともすると、小說とは熱烈なラヴレターなのだ。

私は動畫を開いてゐたタブを閉ぢ、テキストエディタを起動した。宛名はいつも同じ、小說.txt。バックではダブルステップがビートを刻んでゐる。

さーて、何から書かうか。まづ私は御姬樣を夢想し、いきなり彼女が、男のにゐるところを想像した……、さうだ、この御姬樣は裏切りの執政とできてゐて、結婚しろと迫られてゐるんだ。つまり婿探しはポーズだけで、表では隣國の美男子らと微笑たのしく談笑おちやをしてゐるが、裏では四十も過ぎたをつさんにはぢを搔かされてゐるんだ……、ちよつと御姬樣にはかはいさうだが、さういふ話を思ひ附いた。彼は、晃代はけんえんしさうではあるが、私にはかういふ話しか書けないのだ。よし、これで書かう。私はいつも、科白せりふから書く。そして全體像が浮び上る……、


はあ。高貴な王子樣方にはあなたの眞のお姿を知つて頂いて、それでも世話したいとおつしやられるのでしたら――これはもう他にない良緣といふこと、違ひますか?

あ、あなたのやることは實に、實に卑劣極まりない、仕打ち……

しかしながら、誠の性質といふものを僞つて婿入りさせるのは、どういつた心持でせう?

わた、わたくしはこんなこと……ぐう……

そろそろバケツがいつぱいに……