山羊座みたいな男後書

  1. 本來4番目に公開するはずであつた作品。エロ作家と作家の話。
  2. 11月から推敲してゐたのに、全然進めないでゐた――
  3. 推敲は、もうどれだけエロを削れるかどうかのゲームと捉へた方が、樂しく捗るか知れない。實際、今囘はどれだけ改訂できるかを樂しんでゐた節があり、それまでとは較べものにならない程工程が愉快で圓滑だつた。
  4. 高層マンションとかホテルとか近附いた事が無いために、そのへんの描寫が混亂してゐた。舞臺がホテルなのに、ホテルに行かうとか言出す始末。それでマンションに切換へようとするも、どうやらマンションのレストランといふのは、上階である事(つまり景色が賣り)を知る――と、今度は風景の描寫も書加へねばならず、結局部屋に行かうといふ科白の改訂のみで濟んだ。とんだお笑ひである。
  5. エロだけでなく、主人公周りの無駄な描寫も省いた。主人公の無知や貧しさ――それから、わざとらしい書き方(視點)。――思つたのは、該當人物が表情に乏しかつたり行動に消極的でない限り、意圖して描寫する必要は無い、といふ事。といふのも、人物の知性や敎養、考へ方、誠實さは、言動そのものにありありと顯れるからだ。私たちが頑張つて手を加へなくても、彼らが喋り、動くならば、自然ときていくのだ。だから、何も心配せずに書留めれば良い。彼らの好きにさせれば良い。その結果や見榮えが氣に入らなくとも笑。
    1. 設定と實際の言動が食違ふ時といふのは、書き手自身が辯を盡した時ではないだらうか。――設定に見合はない言動、といふのは本當によく見掛ける。特に理想の人物像において。
    2. 私が昔から氣になつてゐるのは、作者よりも頭の良い人間を書く時にはどうすればいいのか、といふ事だ。私の人智を超えてゐる人物を描く事はできないのではないか――さういふ未知である。
    3. 主人公の思考を坦々と紡ぐのはエッセイ的でよりリアルかもしれないが、ともすれば冗長だ。餘計馬鹿らしいといふか――それ自體がわざとらしい。女性向け戀愛小說によく見る。書記すとは自意識であつて、謂はば自分かはいさだ。
    4. 主人公の馬鹿馬鹿しさは、先も言つた通り言動で露呈してしまふ――語り過ぎは作者の馬鹿馬鹿しさを露呈する。
  6. 力を入れたいシーン已外は、省いてもいい(描寫が控へ目であつてもいい)。
  7. 山羊座みたいな男がそもそもの始まりであつたはずなのに、途中からどうでもよくなつてゐる。
  8. エロ描寫はこんなものでいいのか。一般――商業小說レベル、では結局分らないのよな。脫ぐが身體の細かな描寫はしない、性器の描寫はしない、何をしたかは書かない、(性行爲目的の)性器名稱の表記はしない、こんなもんか?
  9. 今囘エロ描寫をカットしてみて――寧ろ良くなつたと思ふ。(お話全體で)どこに力を入れればいいかもはつきり判つたし、文章自體も簡潔にできた。滿足だ。
  10. ……時間を置いてから原稿を讀んでみると、よくもこんな事が書けたものだ、と率直に思ふ。自分で思ふ已上に書けてゐるのだ――何だか嬉しくもあるし、不思議だ。
  11. 2018年12月16日:名刺

山羊座みたいな男補足・改訂履歷

  1. 2018年12月15日:公開
  2. 2018年12月16日:第2版公開
  3. 2018年12月22日:誤字修正