まつさらでも權利は發生してゐる

コンテンツの取扱ひについて書かれてゐない企劃


企劃終了後に備考として書かれるんだらうが、さういふ後出しはどうなんだと。なぜ最初から書かないのか。後から記載する道理はあるのか。

他者のコンテンツ(權利物)を搔き集めてコンテンツ(企劃)とするならば、せめてコンテンツの扱ひ、想定される疑問について記載するべき。

規約の無いお題

規約の無いお題といふのもあるけれど、これは著作權(及び作者の有してゐる權利)を抛棄してゐるといふわけではない

だから字面通り好きに使つてゐて、吿訴される事が無いわけでもない。

出所表記不要、改變よし、好きに使つて――ぱつと見は助かるんだが、權利關係の明示をしなきやいけない時に氣掛りなんだよね。特にCC0どのやうに利用されるか想定ができないから。權利者が(著作權を)抛棄してゐますと明示してゐなければ、それは權利抛棄の作品ではない。加へて、CC0の適用範圍は法律上抛棄可能な限りの著作權と著作物の隣接權だから、著作權だけ抛棄してゐる狀態とはちよつと違ふんだよね。だから安心して使へるのは同じCC0の作品――これも、國や地域によつて適用範圍が違つてくるんだけれども。自由に使はせたい(使ひたい)人間としては、非常に不便な權利だ、著作權周りの權利つて。

何にしろ、權利がこんなに複雜で、手放す事すら難しいものだとは思はなかつたな。

餘談:企劃の主催は大變

自分でもCC0の(投稿)詩集を主催してみようと思つた事がある。

でも、CC0についての理解が曖昧――CC0/揭載を取消したいだとかかういふ利用のされ方は厭だだとか――な人間は必ず出てくるだらうと思つたので、やめた。一番の問題は、(投稿者ではない)第三者の權利物を投稿される事だつた。特にCC0は適用すると取消す事ができず、一度CC0として出囘つてしまふと、(作品の利用者に、權利上の問題があると通知できないので)ずつと利用され續ける可能性がある。だから、フリーメールアドレスからの投稿は受附けないとか、獨自ドメイン所持者のみ受附けるとか、色々考へはしたのだが、それつて何だか自由な感じではないよなあ、と思つて諦めた。もつと氣輕に、自由な詩を愛する人がふらつと立寄つて投稿できるやうな企劃にしたかつた。――でも現實にはさういかないんだな、と。

結局信用できるのは自分だけだし、責任を取れるのも自分だけなんだ。他人の氣紛れに附合ひたくないといふのもあるが、一方で他人には自由でゐてもらひたいから、私は自分の仕事は自分でするよ。


次いでセキュリティについての問題があつた。文責についての問題も。CC0の投稿詩を載せてゐる私は單なる公開者といふ立場であり、投稿詩に問題があつても、公開を取止めるかどうかの判斷しかできない。どういふ意圖で書かれたのか、等の說明責任を負ふ事はできないのだ――には緣が薄い問題だらうけれど。權利侵害の疑ひがあれば事實確認をせねばならないし、揭載役を受持つのは、全く樂ではない。だから筆名と聯絡先(書き手に直通の手段、主にメールアドレス)の公開はするべきと思つたのだが、メールアドレスの記載にはスパム對策が必要だな……などと考へ出したら、手に負へないやうな氣がしてきた。


そこへいくと短編は個人一人で管理してゐるからすごいなと思つた。ルールの記載も細かく、注意書を考へる時に參考にしてゐた。

參考:CC0について

餘談:そもそもウェブは利用制限ができないもの

さう、規約が變更になつても利用者に通知できないといふのは、どんな公開物であつても同じである。

だから規約變更已前はそのままでも~といふ記載があるのだが、これを逆手に取られる事もある。規約違反でも變更前に取得したものと言へるし、アップロードの日附を問合せてもURLを變更しただけと言へるのだから。畫像ならデジタル署名なりサインを入れたものなりに差換へればいいが、文章となるとさうはいかない。メールアドレス・アカウント・URLを提出させるといふ方法もあるが、どうだらう? 使へなくなつたと言はれれば、それで終りではないか?(その時は、本人確認ができないから新しい規約でダウンロードしろと言へばいいが)


誰が利用してゐるか分らない――利用者はもうそのページを訪れる事は無いかもしれない――それがウェブだ。謂はば、個人との繫がりを絶つのがウェブだつた。共有するシステムこそがウェブだつた。規制や契約と緣の無いのがウェブだつた。

餘談:外部サイトでは本人確認ができない

外部ドメインに投稿する時の懸念つて、それなんだ。それは私ですといふ自稱のみで繫がつてゐるのが今のウェブなんだ。

だからある種、獨自ドメインつてのは、署名みたいなもんだなと思つた。

本人かどうかも分らんのに會話できるのはすごいなあと思つた、揭示板にしろ、SNSみたいなアカウントサービスにしろ。その人であるといふ信用のみで成立つてゐる――ああ、サイトで通知(リンク)してゐるなら本人なんだらうけどね。でも騙りつて簡單ぢやん。見附けた人も裏アカウントかなみたいな反應だし。

無論サイトが乘つ取られる事もあるし、獨自ドメインで騙りをやる人もゐるんだらうけど(金を掛けてまでやる人はさうさうゐないと思ふが――商賣でない限り)。


次いで、外部ドメインだと、消されるといふ懸念もある。これは個人でも企業でも平氣でやらかす。會員制なら消えますよつて通知してくれるところもあるけど、それだつて消す――利用できなくするといふ事實には變り無い。


裏アカウントかなみたいな反應つてのは、要するに裏アカウントが存在し得るから引起されるんだけど――まあ、見方を變へれば自稱騙りといふか。自分の名前(サイト)では言へない事を、本人確認ができない――謂はば匿名の――場で言つてゐるわけだ。私は○○ぢやありませんなんて言はれても、誰も突止めやうが無いわけだし。)


faketurnさんの言ふやうにtwitterやらfacebookやらその他のブログやら自分の持つドメインやらのリソースなんかはそろそろ相互に管理できるようになってもいいんじゃないのマイクロweb日記 2011年 : Faketurn.com]。揭示板みたいな非ログイン制の場所で公開したものも拾へると便利だね(といふかさうあつて欲しい)。