なろうの一週間

使つて一週間だが、既に飽き始めてゐる。

偏見もあるのだらうが――どうも閉鎖的な空間に違和感があるといふか。ポイント、感想、レビュー、アクセス解析――なろうで完結してゐるのが酷くこはい。コントロールを奪はれてゐる感じ。本當にこの世界の中だけで生活してゐる氣分だ。息苦しい。耐へられない。氣持が惡い。


又、小說已外のものを書かうとする時、どうしても貧弱だと感じてしまふ。アンカーも强調も使へない――ウェブ作家には不自由で仕方が無い。

プレーンテキスト流し込むだけつてなあ。樂と言へば樂なのだが、テキスト已上の事をやらうとする時、すごく不便なんだ。


小說に感想を寄せるなら、何でなろうだけなんだらう、とも。

一日の讀物がなろうだけで埋まつてしまふ恐れもある。――精進のために讀むなら、それこそ偉人の書いた、紙の書物を讀むよ。私は。ウェブの文章つて、輕いんだ。


後、なろうに限らず、(自分も含め)投稿者が投稿サイトにゐる人間しか見てゐないやうな感じ。私は初日は約400人に觀てもらへた模樣。有難し。これだけでも充分浮ばれるね。と書いてしまつたが、自分のサイトで(何人來てゐるかも分らない人に)見てもらつただけでも上出來だつたし、何なら數人の知合に見てもらつただけで上出來だつた。さうかもしれないといふだけでも上出來だつた。皆さんと發言する時、私は誰に言つてゐるのか。――妙な無視と贔屓の感覺があり、私はこはくなるのだ。世界に閉籠もる。幻覺。


そもそも私には、ログイン制(會員制)のサイトに對するアレルギーがあるのかもしれない――單に好きにできない、といふ事かもしれないが、そのやうな直感も大事な事だ。