といふ自覺

あまりの自覺の無さ

私はある時東映特撮YouTube Official仮面ライダーの動畫を觀てゐたのだが、その時に附いてゐたコメントにぞつとした。

これは――明らかにその幼兒が觀てゐるかもしれない、といふ事を考へてゐない言動だ。


公開物は私物ではないに通じるが、彼らにはの場で發言してゐる、といふ意識が、全く無いのだ。しかも、東映特撮や仮面ライダーは、子供をメインの視聽者層として設定してゐるのだ。眼に掛る可能性は、他のコンテンツよりもぐつと高まる。親子で一緖に視聽してゐる事もあるだらうし、安全に觀られるだらうといふ見込みの元、純粹に樂しみたい視聽者だつてゐるはずなのだ。


こんな狀態が橫行してゐるのだから、公式がコメントを禁ずる(禁じざるを得ない)のも分る。

例へばポケモンの公式動畫なんかはコメントできないやう設定されてゐるが、それでも私はポケモンの動畫を紹介するのに、YouTubeをリンクする事はできない。公式の關聯動畫にさへ、ネタに走つた動畫や、違法アップロード動畫があるからだ(內容の眞僞が定かでなく、煽情的な內容が多い。又違法コンテンツの放置は、その利用や容認を助長する)。

ニコニコ動画(現niconico)などもつと酷くて、裸體のサムネイルや、レイプを始めとする刺戟的な語彙を含んだ動畫がごろごろある。しかもまともな動畫の關聯動畫にすらそんなものが出てくるのだ。コメントは更に苛烈であり、偏つた感情的な言葉が一齊に畫面に映し出される。觀る側の判斷能力が低ければ、これが皆の總意と受取つてしまふ事は大いにある(niconicoのコメントに限らず、web一般に言へる事ではあるが)。


webは無法地帶ではない。それはただ現實といふ事、誰もに開放されたの場所でしかない自分の部屋でも、欲求を發散できる場所でも――何をしても良い場所ではないのだ――現實、さう、それはただただ現實なのだ

規制が匿名に伸びる可能性

これ(公での性の露出)では、覆面をかぶつて裸で步いてゐるやうなものではないか。正直この狀態は、匿名性をも脅かすのではないかと、私は危ぶんでゐる。といふのも、もし特定個人であつたならば、大半の人間はあんな事言へもしないからだ。

ラノベの表紙エロすぎ問題については、オタク文化は少數派であつて、世論とまともに戰つたなら(=ポルノが危險物と判斷されたなら)負けるだらう事を指摘しつつ、ゾーニングをしてポルノを管理してゐる事を示す、さうする事によつて規制の强化は不要だと世間に判斷させる、といふやうな事を述べてゐるが――もし匿名やりたい放題(無法)いき過ぎた表現(性の露出など)を助長すると世間が判斷したなら、匿名でさへ規制の對象になるのではないか。

共存の場所

webは一人で成立つものではない。他人と共生する已上、ルールは敷かれ、公害は正されるのだ。好き放題生きる時、それは孤獨を意味する。共存する時、それは他人も眼に掛けてゐなければならないのだ。


表現の自由は結構だが、壇上に立つて發言する程の事か、よく考へて欲しい。切實に。

附錄