その日も私は、電話を取つてゐた。シラユキさんからの電話だ。數箇月ぶりか? ——いや、最後に電話したのが十一月だから、さう、數箇月ぶりだ。私は硬く、冷たい受話器を握り締めた。つるつるしたプラスチックの感觸に、脂ぎつた指が滑る。
もしもし。緊張してゐた。相手は何も言はない。
言ふ事あるんぢやないの?
人殺し
え……
……
事故?
自轉車や
そつか……
私は、受話器を下ろした。何と言へば良いのか分らない。
頑張れ、とも、元氣出して、とも、あなたは惡くない、とも、言へなかつた。狀況が分らなかつた。訊
自轉車——彼は自轉車を持つてゐない。ともすれば、步いてゐたところを自轉車と衝突してしまひ、相手が死んでしまつた——瞬時に浮んだのは、それだつた。電話
次に浮んだのは、彼の法的な責任だつた。何かを負ふ。牢屋に入るのか。それとも辨償で濟んでしまふとか?
……急に、私の胸は締め附けられるやうに痛く、切なくなつた。そして、あの人を呼びたくなつた。
シラユキさん……
彼を呼ぶ、枯れ掛つた自分の聲で目を覺ました。馬鹿々々しいやうな、それでゐて愛ほしいやうな——自分で相手を戀しく思つてゐるのがうれしく、そして悲しかつた。まるで戀人のやうだと思ひつつ、私はまた少しまどろむ。返事は無い。會ふ豫定は無い。
つい先日も、とんでもない夢を見たばかりだつた。どうしてまた、こんな不吉な夢など見てしまふのだらう——欲求不滿? 何を表してゐる? その實、意味など無いのだらう。記憶の再現でもなければ、欲望ですらない。ただ、それはあるだけ。惡夢。それが起り得るのではないかといふ、恐怖——彼との斷絶——。
私は苛立つたが、彼に構ふ話題
彼からもらつた電話臺のシール、まだ剝がしてゐない。