ダイヤル

やあマリー

切らなかつたのは、私の名前を知つてゐたのと、聲が好みだつたからだ。年は四十くらゐ? 命令を受けるには、良い時間だつた。

私はシャツを脫いだ。

窓を開けてくれないか?

カーテンを引き、言はれた通りにした。向ひはベージュ色のカーテンが引かれ、人影が浮び上つてゐる。

ねえ、私今下著なの、シャワー浴びたばつかり。金髮ブロンドで、瞳ははしばみ色……

知つてるよ。シャンパン

が、背後に置いてあるのはビールだ。

カタログにはさう書いてある

私は顏を赤らめた。あなた何なの? 業者? まさか盜撮してるの?

とにかく窓は開けておくんだな。いつ殺人鬼が來ても、氣附いて貰へるやうに

そこで電話は切れた。

同時にノックが三囘――心臟が跳ねたが、パパ覗き穴から見れば、數箇月ぶりの顏があつた。友逹には口止めをしてゐたが、もうばれてしまつたのか……。

開けるんだ、マリー

私は溜め息を吐き、錠を外した。

ベッドに飛附いて、シャツに手を伸ばす。先程あつた電話のせゐでほつとする反面、うんざりする氣持もあつた。正直に吿げたなら、彼は町に連戾すだらう。そして庭から私の生活振りを確認するんだらう。

もう大人なんだから、と口を開かうとした瞬間、ぱちんと燈が消し飛んだ。

デスクには三十年前の資料がある。二十三歲の女、アパートの番號、通報者……

と、電話が掛つて來た。著信表示ディスプレイには子供と女性への暴行を未然に防ぐ會とある。

當協會の時間軸タイムラインから、メアリー・シンクレアの消失を確認しました

それから手短な報酬の聯絡と布敎を受けた。俺は電話の側面のダイヤルを十廻すと、いつもの番號に掛けた。

俺だ

惡いんだが今囘は……分割拂ひつて事になりさうでな

搜査局か?

軸の介入だよ

ほう?

それも百發百中のな――これをどう思ふ?

さあ? ……單純に、百年先の人間だかつて事ぢやないのか?

かもな――

そこで話は終つた。

俺は重なつてゐた、もう一枚の資料に眼をつた。日附は十年前――ある保護施設シェルターの爆破――指名手配――警察官殺害。

こいつが出生を知つてゐればな。殺すのは男一人で充分だつた筈だ。かはいさうな女たちにも同情できただらう。

一人の惡夢が消え、一つの命も消える、か。

皮肉だとは思ひながら、俺は又ダイヤルを廻すわけだ。

もしやり直しができるなら――俺だつて――


俺は事務所の開いた窓から銃身を差入れると、俺の頭に向つて、發砲した。