彼は恰好良くて、頭が良くて、强い人。
啓治さんて、昔どんな人が好きだつた?
何だいいきなり
彼は振返つて、シャンパンを呷つた。
昔から若い子が好きだつた?
ぶふ、と噴出しさうになる。たまたまだよ
たまたま?
君が良い子だからつて事
ベッドが軋んだ。
それから、大きくて溫かな手が、私の頭をくしやくしやにした。
なんて言ふのかな、どことなく芯のある人が好きなんだよ
男勝り、みたいな?
ちよつと違ふかな——かう——
お母さん?
豫想は難しくなかつた。以前にも、少し話してゐたから。
さういふのつて、影響受けると思ふ?
どうかな——
足りないつて思つた事ある?
いいや——
家の事は?
家事とかPTAとか、忙しいのに全部やつてくれて、ちやんと遊んだり話したりしてくれたし、お金も何とかなつてはゐたし
へえ……すごいな
さういふ姿を見てたからね、世間の母親
私も母子家庭
はは、と彼は笑つた。さしづめ、家に金を入れる役かな……
うん、何か、男の人と結婚するメリットつてそれくらゐかな、つて思つちやふ……母もさう言つてたし、友逹とか、皆さう
そりや手嚴しいなあ
ぎゆうと、しつかりとした胸が頰に觸れる。
でもほら……かうやつて、お互ひに足りなかつた者同士になれば、その意義も解るんぢやないかな……
うん……
確かに、今ならば解る氣がした。彼が私の穴を埋めて、一つになつて、男女になるつて、かういふ事かな、つて思つたりして。母に足りなかつたもの。私に足りなかつたもの——私は同時に、手に入れるの。
彼は汗水垂らして、今日も私に幸せを注いでくれるの。
——身體が離れると、何だか存在まで分斷されたみたい。
鞄
佛壇の前にコアラの繪が描かれた菓子を供へると、遺影の隣にある、銀色の指輪を取つた。
幸せさうな母の顏、そしてこの、指輪の輝き……。內側に彫られた凹凸を、そつとなぞる。
思はず、笑みが零れる。
私のお父さんは、恰好良くて、頭が良くて、强くて——とつても優しい人。