丘に著いた。眼下には人々の營みが、散り散りに煌めいてゐる。頭上には星々が、更に小さな點々となつて光つてゐる——オリオン座が見えた。この特徵的な形は、興味の無い私でも知つてゐる。
綺麗でしよ?
……東京ぢやないのね
約三時間半の走行
もつとロマンチックな場所は無かつたの?
他には誰もゐない——蟲の聲だけだ。數年前まではデートスポットとして榮えてゐたが、新しい公園が設立された事や、國道までの近道が完成された事により、一氣に人
特にこの季節は耳がぶんぶんと煩く、手前の坂道には凹んだペットボトル、擦切れたビニール袋、巨大なブラウン管や錆びた自轉車まであつた。入口の監視カメラは三年前から稼働してをらず、苔
初めて仕事したのもここだつた
姥捨て山みたいなこの場所で、私は常に一人だつた。僅か數十キロ先で煌めく人の營みは、味の無い肉のやうな、視覺に訴へるだけの舞臺裝置。
新人の子でね。入つて一年も經つてなかつた。人より機械
をかしい。町の光の方が大きく見えるのに、頭上に瞬く星々の方が、もつとずつと大きいだなんて。小さいものが大きくて、大きいものが小さい。皮肉に感じるのは、總てに通じるから? 肉眼では絶對に氣附けない眞理。
ここで落合つて……抱締めるとね。とてもきらきらした眼で微笑んでくれたの
……その子も鎌倉の別莊に連れてつた?
私は笑つた。
ううん。マンションに連れてつた。會社から五分と掛らないの
そこがあなたの本據地
當時はね
別莊つてのも噓なんでしよ?
ええ
何もかも見てたのね
かもね
摑み難い人だなとは思つてたけど、ここまでとはね
ごめんなさいね
何でここなの?
……
その子と重ねてゐるの? 私が騙し易かつたから? 何も知らずに、といふ事もできたんでせう? ねえ、どうして?
私は首を振つた——あなたこそらしくない事しないで、默つて、でなきや、本當に知りたい事を聞いて
本當に知りたい事ですつて? ——總てが無駄になると解つた時、私が知りたいのは、あなたの氣持よ——だつてそれしか、救ひは無いぢやない? 引裂かれた私の氣持が!
……
答へてよ!
答へなんて無い——
彼女がちくつとする刺戟に息を飮んだ瞬間、その無駄が決した。
又ここでも、感じない筈の重みを、どさりと感じた。受止めるのは天國のふはふはとした雲でも、コッカースパニエルの滑らかな長毛でも、ましてや愛人の柔肌でもない。
そのまま靜かな風を感じてゐると、車道から砂利を踏む音が聞え、すぐヘッドライトが洩れた。運轉手は降りる直前に携帶電話を切り、ネクタイは曲つてゐた。
ハードドライヴは?
破壞された
破壞させたんだろ? 君が
時計が五分遲れてゐたのだ。
とんだしくじりだな——
私も後を追ふべき?
會長
辯解をさせてくれるの?
相棒
明日も會へる事を祈つてゐるよ
擦れ違ふと、黑檀の机がある書齋の、煙草の臭ひがした。それに微かな麝香
變な話
一年も間があつたら、きつと相手の事なんて忘れてゐる。
先輩
踵
先輩は、誰かを、眞劍に愛した事があります? ——自分の世界が崩壞してしまふやうな
ええ、あるわ
それがもし……失敗してしまつたら、總てを失つてしまふやうな
あるわ
風で舞上つた髮を、耳に掛けてやつた。月明りで浮び上つた彼女の肌は瑞々しく、色白で、顎にぽつんと赤い面皰
自分の、魂を曲げても欲しいつて……それつて愛つて言へるんですか?
彼女は私の腕を摑んだ。
——私判らない! 先輩、敎へて下さい!
そつと兩腕を摑んでゐる指を離させると、今度は私が彼女の二の腕を摑んだ。痛くはないやうに。しかし、しつかりと。敎へてあげる
彼女の鼻からは、細く透明な鼻水が出てゐた。こんな時だつて言ふのに。さう、あなたは氣溫差に弱かつた。握手の代りにハンカチを差出して擤
あのね
彼女は口に入つた鼻水を、下唇で舐め取つた。
魂が腐つても、高潔でゐても、啜
え? ……
總てが無駄だと解つてゐるなら——、私は、最期まで快樂を貪
腕を伸ばした。ふわ、つと感觸が消えたかと思ふと、けれど、生々しい感觸が、音や形を傳はつて、私に屆いた。
それは呆氣なく、昔からの寶物を失くしてしまつたかのやうな、罪惡にも似た喪失感だつた。途端に馬鹿だ、といふ內面
合格よ
確かに背後には、私の待望んだ報酬、生きる意味、これから進む道、寶物以上のものがある筈だつたが、既に願望
その嘗ての寶物
星に願ひを
——ああ、誰かが言つてゐたんです、流れ星つて、まるで空の淚みたいだね、つて。