小說投稿サイトを通して思ふのは、私はもう小說には興味の無い事、樂しみの爲に讀む事さへ出來ず、他人に關心が無い、といふ事だつた。それは小說を通した交流サイトだつた。

スコアは公開され、私の心はめためたになつた。


何故私は上手くなりたいと思ふのだらう?

……それは下手だといふ自覺かも知れないし、見榮、自己滿足、完璧主義かも知れない。上逹するにはどうすれば良いか。讀めば良い。書けば良い。でも私の心は讀む事を厭ふ。讀む事そのものが、私の障碍だつた――ではどう生き、どう上逹しようと言ふのか。解らない。私はスランプなのだらう。讀み書きから離れた方が良い時期が、又來たのかも知れない。ネタは無くとも書ける。下手なものは幾らでも書ける。載せても罰は受けない。


コミュニティを、自分の爲の居場所を、羨ましく思ふ。一方で、そこに居る理由は、何も無いのだ。私はコミュニティに何も捧げたくないと思ふのだ。私の居場所はここ。そして、あなたにあげる物は、何も無い。


何も無い。何も無い。私には何も無い。他人ひとに捧げる物は何も無い。私は無能で、無價値だつた。必要とされず、私だけが必要としてゐた。


私が必要とするのは家であり、集會所ではなかつた。

何かを待つのはもう疲れてゐた。

自分が馬鹿々々しいと思ふ事で、自分を疵附けたくなかつた。私は私でゐたかつた。疲れない。厭へない。