連行

逮捕する

兩手首を摑んで本當に手錠を掛けてやると、淺井はにやにやとした。元はと言へばただのバイト、ATMの前で固まつてゐる老人に聲を掛けたばつかりに、彼女は突然、表彰される事になつた。署長と寫眞を撮つて、地方の新聞の隅つこを飾り、事件を擔當した刑事に奬められるまま、試驗を受けたのだ——よく訓練を耐へられたと思ふ程の細い體附き、このやうにつんと——指先で押した——してしまへば、簡單に伏してしまふ女だと言ふのに。現場では必要な事を、的確に、ひかへに言ふ女だつた。しかし署內に戾つてお決りの位置に戾ると、途端寡默な、內氣な——といふのはかはい過ぎる表現か——一人紛れ込んだOLのやうな有象無象感、眼が合つたらへらへら笑つてゐるやうな、どこか精神の不自由さを聯想させる、得體の知れない女になる。

何で連行されたか、解るか? 淺井?

女は急に出て來た上司ボスに眼は見開きはしたが何も言はなかつたし、乘れとだけ言はれても、向ふ先がどんなに理不盡で滑稽であつたとしても、口を挾まなかつた。

彼女は首を振つた。私にも、何故この女が氣に留つてしまつたか解らない、いや、勘といふ奴だらうか、やばい奴といふ勘が——さう、やばい奴ぢやないか?

實のところ、私は自分をやばい奴と認識してゐる。

淺井——

私はそのまま、腕を突出してゐた。自分が何に手を重ねてゐるか、判つてゐない。判つてゐる。私は惡德警官なのだ。

これから取調べをする

その皮を一枚一枚剝がしながら、彼女を取調べてみる。いつものやうに。かうした時の、被疑者やつの反應は。眼は。唇は。手は。何もかもが絲口ヒントであり、自供だつた。彼女の皮などたかが知れてゐる、命令マニュアルしかこなせない彼女は——しかし核心に觸れたとしても無反應でゐる、さういふ厄介さを、淺井は持つてゐるかも知れなかつた。さういふ被疑者と相對した時、私はどうするか。決つてゐる。

御前に默祕權は無いんだからな、解るだろ、私の言ひたい事が?

——御前に何を語らせたいか?

……何の寄る邊も無い迷ひ子は、にやにや笑ひを止めて、口を開いた——

さうして、私をまはしきほとりまで連行した罰を、この女に與へる。私の悅びをもつて。