ぼんぼり

嫁ぐといふ話が駄目になつた後も、彼は度々來てくれた。けれど、二箇月も經つと、やつぱりといふべきか、ぱたりと來なくなつた。便りも無い。私はおぼろげな燈のもとで便箋を廣げ、インクを滲ませてゐた。誰に。彼に、かもしれないし、あるいは心の中の幼げな自分にかもしれなかつた。彼は若かつた。そして、弱かつた。無理に笑はうとしてゐた玄關先が、今ではぼうつと、フィルムの一場面のやうに浮び上つて、私はそれを書いた。

今日はね、ひいろちやん、天氣がいいからね、草木がきらきらしてるよ

そんなどうでもいい事を言つて。本當に間の持たない男だつた。嫁いでゐたならどんなに退屈な生活だつたらうと思つて、私は溜息を吐いた。

自由だ。私は自由だ。

さう、夫の無い――世の女らが好きでもない男の著物を縫つたり洗つたりしてゐる間に、私は好きに書きものができるのだ。なんといふ幸福だ。なんといふ世の不幸だ。私は笑ふ。男たちの、さも憐れんでゐるといつた顏を思ひ浮べて、私の筆は熱を帶びていく。誰も知らぬだらうて。心の內の至福など。

あれは每晩燈を點けてゐるぞと言つて、この美しいひとときを笑ふのだ。

私は思考を縫ひ、主人の著物をまかなふだらう。私は主人が何者であるか、よく心得てゐる。

私は著物を著た女――しかし腹積りは露出されてをり、そこらの人もどきよりか、より純粹に近い。

夜更けの燈は、私のはりを、細やかに照らし出す。