ハナシニウム

「ごめんね、附合はせちやつて」
 電車で東京に――故鄕ルーツに――來たのは初めてだつた――もつと言へば、盆に。池袋の驛には一度だけ、遊びで降りた事がある。雜踏は珍しくもないけれど、改札口のすぐ前に、仙人みたいな髭の長い老人がダンボールに坐つてゐたのが、印象的だつた。大企業のビルがそびえる橋の下、自轉車が滑らかに走れる黑々としたアスファルトの上にさへ、ぺしやんこの空き罐を載せた荷車を引いてゐる人がゐた。ここに住む人は皆、これを見て見ぬ振りしなければならない。大人になる頃には風景の一部になつてゐる、あるいは見えてゐない――幽靈みたいに。洒落たオフィスビルから出てくる、小綺麗なビジネスワーカーたちがその傍を步いていくだなんて、とつても私には想像できなかつた。東京は良いところですか。父は、「若者と老人は都會の方が良い」と言つてゐた。だが、若者でも老人でもない時つてあるのか。浮浪者といふ有り觸れたマイノリティに堂々と無視を決め込む社會に、希望はあるのか。
 決してごみごみしてゐるわけではない坂に、私は出た。この道路の眞ん中の水路で、子供の頃は遊んだ。名前には櫻が附いてゐるが、ここに來るのは、決つて夏だつた。數年前――十數年前かな――には、父はちやうどお晝時らしいスーツの中年にトイレを讓つてゐた。その時はまだ、何とか栅をまたぐくらゐの事はできてゐたのだけれど。祖父の何囘忌めかには、ワイシャツを忘れてしまひ、路肩に駐車して、コナカに買ひに行つた。その又いつかの夏には、オリンピックで、CDや本を收納するためのプラスチックケースを買つた。今でも屋根裏に眠つてゐる筈だし、オリンピックの値札シールだつてそのままの筈だ。
 東京ここで花を買ふより、花を買つてからここに來た方が良い。なぜなら、東京の花は高いからだ。いつも最寄りのスーパーで買ひ、空になつたウォーターサーバー用のペットボトルに、長持ちする粉を入れて持つてきてゐた。だが、今日は手ぶらだ。
「お願ひします」
 佛花は、目に著くところにあつた。白百合、胡蝶蘭も目に入る。テレビなどでよく見る、ガラスケースに入つた背の高い植物は、何といふのだらう。
「千二百圓になります」
 どひやー。地元うちぢや、まだ四百圓で買へる。一體どこが違ふのだらう、と花束をくるりと廻してみるが、違ひが判らない。受取つたレシートをちらりと見る。登錄番號が無い。アーケードの下の小さな花屋、お父さん的に言ふなら、私は消費稅を「搾取」された。ぎゆつと引締まつた玉葱たまねぎみたいなつぼみがあるが、果して、これが開花するまで、花は放つておいてもらへるだらうか。鮮やかな花を買はうとすると、父は決つて地味な、蕾ばかりある花を指差した。
「待つた」
 相手は、門の前にゐた。オレンジ色のタオルを頭からかぶつてゐる。先に植物園を滿喫したらしい。「お花見ても何もつまらん」
「行かうか」
 まだ父が元氣で若かつた時、⻝蟲植物を見に行かうか、と話してゐた氣がする。連れは珍寶閣ちんぽうかくにしか興味が無かつたに違ひ無い。
 檀家以外立入るなといつた札を素通りし、墓の群れに入る。「皆に開かれてないのはをかしいよね」とは、父の談だ。階段の上には、金ぴかの御殿ごてんみたいな境內けいだいがある。最後まで惱んだが、どうにも、あの綺麗な奧さんに聲を掛ける氣にはなれなかつた。赤の他人と一緖なら尙の事。
「うちはね、線香は寢かせるんだ」
 さう言つて、地元で買つてきた細身ほそみの線香を墓の前に寢かせる。奧さんに言へば、立派な線香の束をくれるのだが……。
 花の莖を折つて花入れに差し、手首をひねつて墓石に水を掛け、手をあはせる。ここに來て祈る事は每年いつも同じだ。皆が健康に、平穩無事に過ごせますやうに。どうか、見守つてゐて下さい。
 目を開けると、連れが橫で私を見てゐた。
「東京の人だつたん?」
「親はね」
 私の父は、紛れも無く東京生れ、東京育ちだつた。だが、それを長々と話すつもりは無かつた――ああ、消えてしまふ。彼は半生を語り繼いだけれど、私は全てを覺えきれなかつた。子供の頃も、大人になつても。被つた話はそれ程無かつた。色んな地で語り明かした澤山の日々。私には無いもの。それが彈ける。無くなる。無かつた事になる。
「ここにはゐないけどさ」
 私は言つた。
「私の前に一人ゐたんだよね」
「前に?」
 思慮の淺い人間は嫌ひだけれど、そんな私事プライバシーを打明ける程度には、仲良くなつた。
「親は殺したんだけど」
「うん? うん、うん」
「別に責めてるわけぢやないんだよ、事實を言つてるだけ」
「うん」
「叔母さんの子供はここに入つてるけど、名前が無い」
「……ほんとだ」私は墓の裏を確認させた。
「生れないと生れた事にならない――お腹の中で生れてるのにね」
「うん」
 又頭痛が始まつた。これも子供の頃からだ。
「……『どうしてそれ話すの』つて聞いて」
「どうしてそれ話すの?」
「だつて、私が話さなかつたら、その人の事知つてるの、親と私だけになるんだもん」
「それで?」
「つまり、私が死んぢやつたら、無かつた事になるつて事」
「父ちやんぼけちやつてるもんな」
「……」
 私は、花束を包んでゐた紙を、手の中で握り締めた。
「だからつておいらに話す必要は無いと思ふな」
「一人でも多く……まあ慰めみたいなもんよ、私が先に死んで、そしたらちよつと厭な想ひをしたなといつか漠然と思ひ出す時があるかも知れないぢやない」
「そんな細けえ話、覺えらんないよ」
「私だつて覺えらんねえよ」
 空を仰ぐ。かうしてぽかんとアホみたいに口を開けてゐると、よく父にからかはれたものだ。私も彼も年になつて、死を實感して、私は何も殘らない、忘れてしまふ事にをののいてゐるのかも知れない。そしてこの手近な道連れに、責任を一つ押附おしつけたかつたのかも知れない。私には子供がゐない。持つつもりも無い。つまり、語る相手がゐない。引繼がせる相手が。でも、その物語の遺產すべては、子供でも、配偶者でも、戀人でも、友人でもなくつたつて良いと思ふ。今日、この時を生きてゐる誰でも、語る價値はあるし、押附けられる。さう見込んだから、私は連れを呼んだ。
 何も死への恐れは、今に始まつた事ではない。私はほんの小さい頃から死を恐れてゐたし、何とかして歷史に名を刻み込まうと、畫策してきた――そのどれも土壇場で逃出にげだしてしまつたけれど。
「又コミケに出て、賣子うりこやらう」
 そんな言葉が、活力になる。
 死にたくない。名も知らぬ人々は、確かに生きてゐた。そのどの一つも、無駄ではない。頭では解つてゐるけれど。けれど、どこか。私は消えるままを恐ろしく思つてゐる。
 私が何の記錄にも殘らず、何も見せられるものが無いからと言つて、私が凡庸な――何もしてゐなかつたなんて、そんな風に思はれたくはない。人間の記憶は曖昧で、いつかは途絶えてしまふから。だから人は、書いたり、歌つたり、撮つたりするのだ。誰かに見てもらふ――そんな確證の無い欲求のために、あるいは、自分が生きてゐる間のせめてもの慰めとして。ただの紙切れにすがり附くのは、そこに言ひあらはし切れぬ運命があるから。
 この私を死なせるのは、餘りに惜しいから。

「少なくとも義理は果せたつて思ふ。今日のちよつとした時間に、私はその人をあなたの中に生んだんだ」